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2008年12月

踊って歌う指揮者!キャブ・キャロウェイ

若い頃の風貌は、日本の俳優オダギリ・ジョーにも似たイケ面です。
そして、独特のダンスとスキャットが印象的でした。

シカゴのコットンクラブをホームグランドにしていたエリントン楽団が不在の際に、決定的な人気を得て一躍有名になったようです。

バンドと掛け合いで歌うスキャットは『ハイリ・ハイリ・ホー エリ・エリ・エー...』と続きます。
後々、バンドが歌手とこのように掛け合いでスキャットをすることは珍しくもなくなっていきます。

キャブ・キャロウェイといえば、映画『マスク』でも使われたミニー・ザ・ムーチャが一番しっくりきます。

日本にスマイリー小原というビッグバンドのリーダーがいますが、このキャロウェイの影響を受けているのかもしれませんね。

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クリスマスコンサート

実は、私自身もバンド活動しています。

某企業のバンドにお手伝いという形での参加です。

たまたま、先日21日(日)に札幌市内の某施設に慰問コンサートをしてきました。

その時の演奏です。

曲名は、Baisie's Buddy-B Count Basie(Nestico)の名曲でもあります。

後半のトロンボーンソロは私です。

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職人気質のベーシスト、ロン・カーター

ロン・カーターと言えば、ウイスキーのCMを連想する人も多いかもしれません。

私は、VSOP時代のロン・カーターの印象がやっぱり強いです。

彼は、フュージョン全盛期にエレキベースを弾くことを頑なに拒否したという根っからのアコースティック派なのです。

なぜかその風貌に、私はあのドリフターズのいかりや長介の姿を思い出してしまいます。

いかりや長介さんは、晩年ウッドベースを良く弾かれていました。

これは、Little Waltsという曲。

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日本芸能界を支えた原信夫とシャープ&フラッツ

原信夫とシャープ&フラッツと聞くと、美空ひばりを連想する人も多いかもしれません。

そうなんです。

あの、『真っ赤な太陽』を演奏してたのがこのバンド。

でも、立派な日本を代表するビッグバンドです。

ご存じ『A列車で行こう』もお聞きください。

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憂いのある女性シンガービリー・ホリデイ

不幸な家庭に生まれたビリー・ホリデイは、サラ・ヴォーンやエラ・フィッツ・ジェラルドと並ぶ三大女性ボーカリストの一人です。

この『奇妙な果実』という曲は、彼女の代表作です。

彼女の人生そのものを表すかのような作品で、ドラッグ、暴力、レイプ、リンチのなかで彼女は育ったのです。

やがて、ジャズシンガーとなった彼女はメキメキと才能を伸ばしてゆく。

この曲は、ルイス・アレンという若い高校教師が綴った一篇の詩に感動した彼女の差別問題に対しての叫び声でもあったのです。

曲名は、リンチされ木に吊るされた黒人の死体を木に実った果実と皮肉ったもの。

Billie Holiday - Strange Fruit

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名曲Spainのチック・コリア

チックコリアと言えばReturn to Foreverバンド時代のイメージが強くあります。
特にフェンダーローズのエレピを弾くチックのプレイスタイルは独特なものでした。

その中でも、この曲はチック・コリアの代表作です。
冒頭に流れるアランフェスの主題にインスパイアして作られたのだとか。

チックのイメージは何となくラテン系というより、ヒスパニッシュ系の臭いがします。

Return to Forever - Spain

この曲も同じReturn to Foreverによる演奏で、『Crystal Silence』という名曲です。

この曲は澄み切った氷の世界を彷彿とさせます。

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ジャズトロンボーンの大御所J・J・ジョンソン

トロンボーンと言えばJ・J・ジョンソンをイメージする人も多いと思います。

モダンジャズにおけるトロンボーン演奏の第一人者であり、J・Jの愛称で呼ばれました。

1950年代初頭に、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらとの共演を通じてテクニックを磨き、トロンボーンでありながら超絶技巧的な演奏スタイルを確立しモダン・ジャズの人気プレイヤーとなったのです。

最も輝いていたのは、白人トロンボーンプレイヤーのカイ・ウィンディングとのコンビで結成されたJ&Kというグループ時代かも知れません。
このグループは彼らに2名のトロンボーンプレーヤーを加えたフォー・トロンボーンというスタイルも確立しました。

この演奏は、その往年のJ&Kによる『It's alright with me』です。

フォー・トロンボーンのバイブル的な編曲です。

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日本人初の渡米ジャズピアニスト穐吉敏子

穐吉敏子はバド・パウエルを尊敬し、初期の演奏スタイルは完全なコピーといえるほど。
当時の日本には穐吉敏子について行けるミュージシャンがいなかったらしい。

穐吉は、アメリカのバークレイに留学をした日本人ミュージシャンの第一号。
その費用は、すべてバークレイの奨学金で賄われた。

この演奏はその当時テレビで放映されたものです。

最初は、暖かく見守っていた自由の国アメリカも、穐吉の実力が認められるようになり始めると厳しくなってゆく。

つまり、お客様扱いを受けていたが、日本人は出しゃばった真似をするなという雰囲気があったようだ。

彼女はある日、バド・パウエルの前でも演奏したことがあるようで、その際バド・パウエルはクスクス笑っていたそうだ。
日本から来た得体の知れないピアニストで、しかも女性が自分のスタイルでピアノを弾く姿が滑稽に見えたのではないかと、あるラジオ番組で自ら語っていた。

穐吉は、デューク・エリントンが黒人なのだから黒人のジャズを演奏するという話を聞き、自分もマネではなく東洋の日本人としての癖を見つけたいと模索をする。

穐吉はピアニストとしてだけではなく、ビッグバンドのリーダーとしても活躍する。

二人目の夫であるルー・タバキンとともに彼女が求めた自分らしいオリエンタルな楽曲を演奏する素晴らしいビッグバンドだ。

この演奏は Long Yellow Road という、正しく自分は黄色人種の日本から来たジャズプレイヤー穐吉敏子だという産声をあげた作品でもあります。

また最後に、知っている人も多いかもしれませんが、彼女の最初の夫チャーリー・マリアーノ(A・SAX)との間に生まれた娘は、あのマンディ満ちるです。

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独学のピアニスト・エロルガーナー

本日のライブは、エロルガーナーというピアニストです。

エロル・ガーナーは1921年にペンシルバニア州のピッツバーグで生まれました。

音楽好きの両親の影響もあり、3歳ぐらいからピアノを弾き始めたようです。

彼はこの頃より、ジャズやクラシックのレコードを手当たり次第に聴くなどして、ピアノの演奏法をまったくの独学で習得します。

独学であったため楽譜が読めなかったことや左利きだったことが彼の独特な音楽性と技術を育んだと言われています。

この『MISTY』という曲は、彼の作曲した名曲で、いまでも多くのミュージシャンが好んで演奏しています。

彼の演奏スタイルは、ビデオの中でも見られるようにピアニストらしくない無骨な指先から生まれ、どちらかと言えばうめき声に近い声を出しながら演奏する独特のものです。

しかし、ピアノから聴こえてくる音色は、美しい旋律が心地よく響きます。

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天才ベーシスト ジャコ・パストリアス

ジャンルを超えた偉大なベーシストとして、ジャコ・パストリアスを知らないミュージシャンはいないだろう。

エレキベースに革命を起こした彼の偉業は、独自の奏法とフレットレスベース。

ジョー・ザビヌルが率いるウェザー・リポートの二代目ベーシストとして所属していたこともあり、彼の天才ぶりは一度は見たこともあるかも知れない。

この『The Chiken』は、ジャコ・パストリアスが率いるビッグバンドのワード・オブ・マウスによる演奏。

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劇的な人生だったチャーリー・パーカー

ジャズマンたちの中には、麻薬に手を染めて人生を棒に振ったミュージシャンも多い。

チャーリーパーカーもその一人だった。

ある日、レコーディングの途中で気がおかしくなり精神病院送りになったというエピソードもある。

しかし、チャーリー・パーカーの演奏はビ・バップの歴史に名を残すほどの名演が多い。

ジャズと聞くとこの時代のことを一番イメージするのではないだろうか。

夜通し、クラブでジャムセッションが繰り返され多くの名演奏が繰り広げられていた時代。

チャーリー・パーカーと言えば、『ナウ・ザ・タイム』が代表作として有名だが、音源がなかったので、今回はYouTubeより特集番組をピックアップ。

クリント・イーストウッド監督の『チャーリー・パーカー物語』という映画もありました。

最後にCelerity (Celebrity)という曲でお別れです。

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才能豊かなハービー・ハンコック

ハービーハンコックは、マイルスグループに所属した時代に出会ったメンバーとV.S.O.Pというグループを結成。

というより、マイルスクインテットからマイルスを引いたのがこのグループといっても良いくらいだ。

この曲『処女航海』はVSOPの代表作。

マイルス同様、ハービーハンコックも時代を牽引すべく多くの若者ミュージシャンを取り入れ新しい音楽を作り出す。

この『Rock it』という曲も、レコードプレーヤーのターンテーブルを左右に動かして生み出されたスクラッチサウンドを世の中に発表した最初の楽曲でもある。

この曲の後に、スクラッチがHip Hopなどで使用されるようになる。

この作品は、グラミー賞でも受賞した歴史的な名作でもある。

また、映画『ラウンド・ミッドナイト』というチャーリー・パーカーとバド・パウエルをモデルに制作された作品で、音楽監督を務め、自身もミュージシャンとして出演している。

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時代を変えたマイルス・デイビス

ジャズの歴史を語る時に欠かせない人物の一人が、マイルス・デイビス。

ご存知のトランペット奏者でモード奏法の教祖。

実際には、マイルスを信奉するプレイヤーなどが提唱した奏法をマイルス自身が採用したとの説もある。

この曲は、マイルスのリーダアルバムではあるがレーベルの関係でキャノンボール・アダレイとなった『SOMETHIN' ELSE』の中の『枯葉』です。

枯葉は、元々シャンソンの名曲ですが、この作品がジャズのスタンダードの仲間入りの大きな要因になたのは言うまでもありません。

一方、モード奏法の代表作と言えば、『カインド・ブルー』

マイルスの周囲には、彼を慕うミュージシャンが多く集っていた。

その中には、後に有名になるハービー・ハンコックやウェイン・ショーターなどもいた。

若手を育てたという功績も見逃せない。

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ビッグバンドと言えば、カウントベイシー

かつて、ビッグバンドが流行した時代があった。

その、ビッグバンドの中核をになったのは何と言ってもカウントベイシーオーケストラ。

ここから育ったミュージシャンも多く、レスター・ヤング(T.Sax)、ハーシャル・エバンス(T.Sax)、アール・ウォーレン(A.Sax)、バック・クレイトン(Tp)、ハリー・エディソン(Tp)、ディッキー・ウェルズ(Tb)など。

さらに、後半はニール・ヘフティ 、クインシー・ジョーンズ、サミー・ネスティコなどをアレンジャーとして迎え多くの作品を残しました。

代表作『ワン・オクロック・ジャンプ』

エンディングなどに使われることも多かった『April in Paris』。

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楽しいジャズはルイ・アームストロングから

皆さん、(○`・ェ・)ノ【こ】【ん】【に】【ち】【ゎ】

今日から、JAZZに関する話題豊富(?)なブログを始めますm(_ _)m

と、挨拶はこのくらいにしてさっそく一曲目。

ジャズの始まりは黒人霊歌を陽気にしたデキシーランドジャズって知ってますよねsmile

しかも、それをジャンルとしてポピュラーソングとしての位置づけをしたのが、サッチモおじさんことルイ・アームストロングなんです。

優しいトランペットの音色とは反対にシャガレタ声が逆に内面的な優しさを醸し出しています。

デキシーランドジャズと言えば、この曲ですよね。

『聖者の行進』

そして、ルイ・アームストロングの代表作と言えば、この曲が有名ですね。

『この素晴らしき世界』

如何でした?

これから、どんどんこんな名曲をご紹介しようと思います。

応援してくださいね。

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